
「溶接工として、技術を身につけたい」
そんな想いで転職した20歳の自分。
しかし、現実は求人広告の文面とはまるで違っていた。
車関連の会社からの転職
最初に働いたのは、車関連の部品を製造する会社。
そこで溶接の仕事に触れ、やりがいも感じていた。
でも──もっと溶接の技術を深めたいという想いが強くなり、転職を決意。
応募したのは、とある溶接会社の求人広告。
そこには「レーシングカーの溶接風景の絵」が大きく掲載されていた。
モータースポーツ好きとしては、まさに理想的な職場に見えた。
しかし──現実は違った。
イメージだけの世界だった
いざ入社してみると、あのレーシングカーの写真は、単なるイメージに過ぎなかった。
実際には、レーシングとはまったく関係のない工場で、溶接の練習がひたすら続いた。
その瞬間、「ここにいても意味ないな」と直感的に思った。
確か会社に呼び出されて、話し合いの場も持った覚えがある。
ひたすら練習の毎日。だけど、何かがおかしい
朝8時か9時に出勤して、17時まで練習。
飯を食って、寝て、また翌日は同じ作業の繰り返し。
電流の大小によって変わる溶接の種類。
高い電流ほど、鉄が厚くても溶けるが、リスクも高い。
怖さと向き合いながら、大電流での溶接を繰り返す日々。
突然の“顔合わせ”と、理不尽な結末
ある日、ついに出向が決まった。
現地へ行くと、建設会社の工場で「とりあえずやってみて」と言われるまま、勝手に工場内のパーツを溶接。
だがその後、社長が現れて──
「そんな話は聞いてない」と一言。
結局そのまま帰ることに。
今思えば、かなりヤバい展開だった。
仲間、クズ、そして焦りの日々
その会社には色々な人がいた。
すぐ辞めていく人もいれば、全くやる気のない人間もいた。
今でこそ笑えるが、当時は「自分もこのままでいいのか」と焦り始めていた。
出向先が決まらないまま、3ヶ月が経過
時間だけが過ぎていく。
給料は発生するが、商品(=仕事の成果)が生まれない。
会社としては、早く出向してもらいたいはずだ。
そんな中、立川の工場でタンクローリーの溶接案件が見つかり、現地へ。
ようやく、実際の仕事がスタートした。
安全の大切さを痛感した日
その工場には、他の派遣会社から来た人もいた。
サンダーで手を切り、血がドバッと噴き出るのを目の当たりにし、背筋が凍った。
「安全第一」なんて言葉、軽く聞こえていたけど──
あの日から、本気でそう思った。
トラブルだらけの溶接現場
自分の担当は溶接だったが、機材の不調でスパークが起き、目を何度もやられた。
保護面をしていても、光の強さは容赦ない。
本来は、タイミングを合わせて点火するはずが、
ちょっとしたズレで全てが狂う。
それでもなんとか、現場をこなした。
不真面目な自分と、感謝している人たち
今思えば、あの頃の自分はとにかく未熟だった。
注意されても、腹の中では笑って、相手をバカにしていた。
本当に最低だったと思う。
でも、それでも指導してくれた人たちはいた。
感謝している。その時は気づけなかったけど、本当にありがたかった。
そして、営業の世界へ
工場での仕事が終わり、人生は次のステージへ。
技術職から、全く異なる「営業職」へと転職することになった。
【まとめ】若さゆえの未熟と、そこから得た学び
この体験を振り返ると、求人広告に書かれた言葉を鵜呑みにしてはいけないということ。
そして、現場でしか学べないこと、感じられないことがあるということを痛感する。
もしあなたが今、技術職を目指しているなら。
そして、「騙されたくない」と思っているなら。
ぜひ、一歩踏み出す前に、実際に働いた人の声を聞いてみてほしい。
そして、今の職場に迷いがあるなら、
新しい世界を探すのも決して悪くない。
あなたの人生は、何度でも軌道修正できるのだから。
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